Pare Me Apopse Pare Me, Ta Ziliarika Sou Matia (GLYKERIA)
大学卒業時にヨーロッパ数ヶ国をユーレイルパスで旅行したことがあるのですが、偶然となりに座ったギリシア人が「初めてヨーロッパに来た」と言うのを聞いて、ギリシア人は自国をヨーロッパとは思ってないのか?と意外に感じたことを憶えています。その後、ブズーキの音色が好きになり、ギリシアのポップスを聴くようになって、確かにヨーロッパとは違うなあと納得することが出来ました。1922年にトルコから流入した難民が創り出し、ギリシアのブルースと言われるレベティカをルーツとする現代ギリシアの音楽には、ヨーロッパでもトルコでもない独特の魅力があります。次のビデオは"PUTUMAYO"レーベルのCDで気に入ったベテラン女性歌手"GLYKERIA"が唄う"Pare Me Apopse Pare Me(Take Me Tonight)"と"Ta Ziliarika Sou Matia(Your Jealous Eyes)"です。後者はレベティカ草創期に活躍した"Markos Vamvakaris"の名曲でいかにもブルースっぽい唄い方がいいです。
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以前、ジャン・ジャック・ゴールドマンの
1970年代、日本でも人気の高かったフランスの歌手ミッシェル・デルペッシュ(Michel Delpech)による"Pour un Flirt(青春に乾杯)"。私がこの曲を初めて聴いたのは1990年代にフランスに旅行した時だったので、最近までずっと90年代の曲だと思っていました。1971年の曲と知ってちょっと驚いたほど、今の音楽と言われても違和感がありません(ただ歌詞はあまりにストレートで今ではちょっと陳腐に感じられますが)。
1968年のデビュー以来長きにわたって活躍するスペインの歌手、フリオ・イグレシアスがガリシア語で唄った1972年のヒット曲(ガリシア語歌詞はこちら
先日視たアメリカ映画「麗しのサブリナ」(1954)のなかで、ヒロインのオードリー・ヘップバーンがシャンソンの名曲"La Vie en Rose"(バラ色の人生)について語るシーンがあり、ヒロインの台詞で英語には"look at the world through rose-colored glasses"[バラ色の眼鏡を通して世の中を見る]、つまり楽観的に考えようという言い回しがあることを知りました。"La Vie en Rose"とは人生を楽観的に生きようというメッセージなんですね。悲恋の歌が多い様なイメージがあるエディット・ピアフですが、この歌詞はピアフ本人の作詞によるもので、以下の訳の通り愛の幸福感に満ちた人生肯定的なシャンソンです。
"ELSA"は1986年のフランス映画「悲しみのバイオリン(La femme de ma vie)」に子役として出演し、その挿入歌"T'en va pas"を唄ったことで有名になったとのことで、
少しかすれた声が特徴的なイタリア人ソングライター兼歌手のトト・クトゥーニョ(Toto Cutugno)によるヒット曲"L'Italiano(1983)"。マッチョな風貌に似合わない象徴派風の意味深な歌詞と哀愁に満ちたメロディが心に響きます。彼はまた作曲にも力を入れていて、フランス人歌手"Joe Dassin"をはじめ内外の歌手のために多くの曲を書いています。ネット情報によれば、最近はなぜかロシアでも大人気とのこと。ソ連時代の有名な反体制的歌手"Vladimir Vissotski"に雰囲気が似ていると思いましたが、ロシアではこういう嗄れた声が好まれるのでしょうか。このMVもロシアで行われたコンサートのようです。
ベルギー人の父とイタリア人の母を持ち、オランダ語とフランス語のバイリンガルの国、ベルギーで育ったララ・ファビアンは、フランス語人口の多いカナダ・ケベック州にも拠点を置いてヨーロッパとの間を行き来する、文字通り国境を超えて活躍するマルチリンガル・シンガー兼ソングライター。
1969年にフランスのジョー・ダッサン(Joe Dassin)という男性歌手が唄ったヒット曲。ただ日本では、何といってもアイドル歌手ダニエル・ヴィダルの歌が有名(
フランスのソングライター Didier Barbelivien と歌手の Félix Gray が競演した1991年のヒット曲。歌詞にフランス語とイタリア語が入っていて、シャンソンもカンツォーネも好きな私にとっては見逃せません。特に歌詞にある「ヴィヴァルディの最後の言葉」というフレーズが気になっていたので訳してみました(イタリア語の部分はよくわかりませんが、"E VADO VIA"は「じゃ私は行きます/消えます…」という意味のようです)。
’アルハンブラの思い出’で有名なスペインの作曲家でギター奏者のフランシスコ・タレガ(1852-1909)が作曲したギター用小品’アラビア風奇想曲’。大学時代に先輩がこの曲を弾いているのを聞いて、クラシックギターの音色の美しさに目覚めた思い出の曲です。演奏者の自由度が大きいとされる奇想曲らしく、"YouTube"にはプロ・アマ含めて様々なタイプの演奏が投稿されていて、視ていて飽きることがありません。
1960-1970年代にかけて、日本でも人気が高かったフレンチ・ポップス(60年代当時はイエイエと呼んだらしい)。リアルタイムで聴いた世代でない私も、アダモ、ミシェル・ポルナレフ、シルヴィ・バルタンそれにフランス・ギャルといった有名歌手の名前は知っています。当時のフランス・ギャルは、元祖ヘタウマ・アイドルだったらしく、ルックスの可愛さと微妙に音程がずれたようなロリータっぽい声が魅力でしたが、1974年発表の"La déclaration d'amour"の頃になると、さすがにアイドルを卒業して、おとなの魅力で聴くものをうっとりさせてくれます。
アウトランディッシュは1997年にデンマークで結成されたヒップホップ・グループ。 3人のメンバーは、モロッコ、パキスタン、ホンジュラスからの移民2世だそうです。この曲のオリジナルは、フランスのソングライター
スペインの人気ポップグループ、メカノ。メンバーはナッチョ・カーノとホセ・マリア・カーノの兄弟に、女性ボーカルのアナ・トローハを加えた3人。彼らは様々なジャンルをこなし、また歌詞の意味も深いらしい。なかでもこの"Una Rosa es Una Rosa(バラはバラ)"は、スペインらしいフラメンコ調の名曲。このビデオはテレビの正月番組のようですが、フラメンコ・ダンスの名手と共演しています。
フランスで人気のソングライター、ジャン・ジャック・ゴールドマンが書いた反戦メッセージの込められた名曲。もし1917年のドイツに、北アイルランドの貧困地区に、南アフリカの白人に生まれたとしたらどんな人間になっただろうか…と、人間の心の中にひそむ暴力への想像力を持つよう訴えるすぐれた反戦歌。ちなみに"Leidenstadt"とは「苦しむ都市」という意味のドイツ語で架空の地名とのことです
イタリアのみならずヨーロッパ、ラテン圏で絶大な人気のラウラ・パウジーニ。彼女の素晴らしさはなんといっても、真っ直ぐに聞く者の心にひびくその声に尽きるでしょう。特に彼女の出世作"La Solitudine"(邦題:孤独を抱きしめて)は、大音量でかつ伸びのある歌声が徐々に勢いを増す波の如く押し寄せてくる素晴らしい名曲です。次のリンクは、この曲のビデオクリップと、新人賞を受賞した1993年のサンレモ音楽祭での映像です。