Rechnoy Tramvaychik (Alla Pugachëva)
ロシアのベテラン女性歌手、アッラ・プガチョーワ(Алла Пугачёва)は、ソ連時代から長期間にわたって活躍する人気歌手。日本では1980年代に流行した「Миллион Алых Роз(百万本のバラ)」の歌手として有名ですが、私が聞いたなかでは、この「Речной Трамвайчик(水上バス)」という2001年の曲がもっともいいなと感じました。しっとりとした落ち着いた曲調に日本的な情緒を感じるのは私だけでしょうか?また、歌詞にある「パカパカ」(波音のオノマトペ?)というセリフも気になります。
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今回取り上げた3つのMVですが、上記の通り3つともタイトルが異なります。でも聴いてみると曲調は違ってもメロディは同じだと判ります。ネット上で調べてみると、オリジナルは1936年に作られた"Que Nadie Sepa Mi Sufrir"というアルゼンチンの曲とのこと。詳しくは判りませんがタンゴ全盛期のバンドネオンによく似合う曲だったのでしょう。次のMVは、"La Sonora Dinamita"というコロンビアのダンス音楽・クンビア(Cumbia)のバンドが唄う、ラテンバージョンの"Que Nadie Sepa Mi Sufrir"です。
軽快なアフリカン・リズムで人気のコートジボワールのバンド・マジックシステム(Magic System)、ライ歌手のモハメド・ラミン(Mohamed Lamine)、マグレブ系ラップ・グループのサン・トレーズ(113)が、フランスでのアフリカ系移民つながりで競演した作品。西&北アフリカの3者3通りの音楽がほどよくメランジェされた心地よいダンス・ナンバー。歌詞に"Vitry"というパリ郊外にある移民が多い町の名前が出てきますが、その雰囲気を表現した?ビデオクリップが陽気で楽しいですね(実際には失業・犯罪など移民にかかわる様々な問題が多い地域らしい)。
先日の
1882年に"Quirino Mendoza y Cortes"が創作した「シエリト・リンド」は、のびのびとした明るいメロディがメキシコ人にとても親しまれ、現在もワールドカップ等ではメキシコチームの応援歌としてよく唄われるそうです。
先日「
メキシコのみならず、ラテン圏で大人気の女性歌手タリア。女優としても有名で、TVドラマの女王との呼び名もあるそうです。1997年発表のアルバム"AMOR A LA MEXICANA"のラテン・ビートがきいたのりのいい音楽を聴いてファンになりましたが、ただ聴くだけでは解らなかった人気の秘密を、今回"YouTube"の映像で知ることが出来ました。
私が高校生の時、高石ともやとザ・ナターシャー・セブンのレコードに入っていた、"Wildwood Flower"(邦題:森かげの花)や"Keep on the Sunny Side"(邦題:陽気に行こう)を聞いて、カントリー・ミュージックが好きになりました。レコード産業の成立間もない頃に数多くの曲をレコーディングし、カントリー・ミュージックの普及に貢献したカーター・ファミリーの映像を、最近"YouTube"で初めて視ることが出来ましたが、本家のカーター・ファミリー・ピッキングはやはり感激ものでした。
ズーク・ミュージックは、アフリカンポップスのリズムとヨーロピアンポップスのメロディーを融合し、カリブ海に浮かぶ仏領アンティル諸島で生まれた音楽で、1980年代のフランスで人気が出たのをきっかけに世界に知られるようになったポップ・ミュージック。今回とりあげるのは、"ズーク・マシーン"というフランスの海外県グアドループ出身の美女3人組。ズークの歌詞はフランス語とアフリカ系言語が混成して出来たクレオール語で唄われているとのことです。
サハラ以南のアフリカで大人気のリンガラ・ポップ。名称の由来は、コンゴ(旧ザイール)の公用商業語リンガラ語で唄われることから来ているようですが、キューバ音楽の影響が強いことを示す「ルンバ・ロック」という名称もあるらしい。聴くとわかる通り、リンガラ・ポップは甘美なメロディの歌を楽しむ前半のルンバ・パートと、めまぐるしく激しい後半のダンス・パートとに分かれていて、歌と踊りの両方が楽しめる構成になった、まさにエンタメの王道と言っていい音楽です。ネット情報によれば、カンダ・ボンゴマンは、コンゴ(旧ザイール)の何かの大臣を務めたことがあるそうですがこれには驚きました。