Farid al-Atrash, Nagat al-Saghira, Shadia
いやはやIT技術の進歩恐るべきかな。YOUTUBEなどのおかげで、今では以前は視ることの出来なかったエジプト映画黄金期の歌うスターの映像も気軽に楽しめるようになりました。そこで今回は、私がアラブ圏に滞在していた時分に聞き覚えたメロディをYOUTUBEで探してみました。まずは私の好きな映画スターにしてウードの名人、ファリッド・エル・アトラッシュ(فريد الاطرش)が唄う、1973年公開の映画"Zaman Ya Hob"の挿入歌"Fouq Ghosnik Ya Lamuuna(فوق غصنك ياليمونة)"です。音楽はしっかりアラブ調すが、リズムにのって踊る役者の衣裳はまるで欧米調という、なんというかアンバランスの妙を楽しめます。
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卓依婷(ゾウ・イーティン)は、YOUTUBEで知ってファンになった台湾出身の歌手。1986年になんと5才!の若さでデビューし子役スターとして有名になり、現在は民歌やヒット曲のカバー等、幅広いジャンルの曲を唄いこなす本格派歌手として中国国内を中心に活動しているとのこと。私が気にいった最大のポイントはそのビデオクリップで、どれも歌詞の持つイメージに合うよう、大変ていねいに造られていて、思わず画面に引き込まれる素晴らしい出来栄えです。以下にブログでとりあげた曲をカバーしたビデオクリップをリンクしました。
大学卒業時にヨーロッパ数ヶ国をユーレイルパスで旅行したことがあるのですが、偶然となりに座ったギリシア人が「初めてヨーロッパに来た」と言うのを聞いて、ギリシア人は自国をヨーロッパとは思ってないのか?と意外に感じたことを憶えています。その後、ブズーキの音色が好きになり、ギリシアのポップスを聴くようになって、確かにヨーロッパとは違うなあと納得することが出来ました。1922年にトルコから流入した難民が創り出し、ギリシアのブルースと言われるレベティカをルーツとする現代ギリシアの音楽には、ヨーロッパでもトルコでもない独特の魅力があります。次のビデオは"PUTUMAYO"レーベルのCDで気に入ったベテラン女性歌手"GLYKERIA"が唄う"Pare Me Apopse Pare Me(Take Me Tonight)"と"Ta Ziliarika Sou Matia(Your Jealous Eyes)"です。後者はレベティカ草創期に活躍した"Markos Vamvakaris"の名曲でいかにもブルースっぽい唄い方がいいです。
ロシアのベテラン女性歌手、アッラ・プガチョーワ(Алла Пугачёва)は、ソ連時代から長期間にわたって活躍する人気歌手。日本では1980年代に流行した「Миллион Алых Роз(百万本のバラ)」の歌手として有名ですが、私が聞いたなかでは、この「Речной Трамвайчик(水上バス)」という2001年の曲がもっともいいなと感じました。しっとりとした落ち着いた曲調に日本的な情緒を感じるのは私だけでしょうか?また、歌詞にある「パカパカ」(波音のオノマトペ?)というセリフも気になります。
以前、ジャン・ジャック・ゴールドマンの
1970年代、日本でも人気の高かったフランスの歌手ミッシェル・デルペッシュ(Michel Delpech)による"Pour un Flirt(青春に乾杯)"。私がこの曲を初めて聴いたのは1990年代にフランスに旅行した時だったので、最近までずっと90年代の曲だと思っていました。1971年の曲と知ってちょっと驚いたほど、今の音楽と言われても違和感がありません(ただ歌詞はあまりにストレートで今ではちょっと陳腐に感じられますが)。
このふたりはフィリピンが誇る二人の若きシンガーソングライター、バービー・アルマルビス(Barbie Almalbis)とキッチー・ナダル(Kitchie Nadal)。バービーは、1995年からフォークロック風のバンド"Hungry Young Poets","Barbie's Cradle"で活動した後ソロに転じ、そのイメージ通り明るく爽やかな曲を可愛らしく唄います。また彼女は音楽のみならず絵の才能もあるとのこと。対するキッチーは、ロックバンドのボーカル出身で2004年にソロデビュー。アイドルぽい外見ですが、派手さのない清楚な雰囲気が却ってスターのオーラを感じさせ、また作詞にもかなり力を入れています。実はふたりともマニラの有名大学デラサール出身の才女とのことです。
1968年のデビュー以来長きにわたって活躍するスペインの歌手、フリオ・イグレシアスがガリシア語で唄った1972年のヒット曲(ガリシア語歌詞はこちら
今回はモンゴルの女性ポップ歌手、セルチマー(Serchmaa, Сэрчмаа, 斯日其玛)です。ネット上でプロフィールを探したところ、彼女はモンゴル国立大(音楽系?)卒でバイオリンが得意らしく、MVでも白いエレキバイオリンを優雅に弾きこなしています。また何度か来日もしているとのことですが、モンゴルで一二を争う人気ポップ歌手ということ以外あまり詳しい情報は見つかりませんでした。
台湾出身の人気歌手で俳優の任賢齊(リッチー・レン)。1996年にこの「心太軟」が、なぜか台湾より早く大陸で大ヒットし、彼の人気は不動のものになったとのこと。聴く人によるかも知れませんが、味のある独特な声がたいへん魅力的に聞こえます。ちなみに「心太軟」というタイトルは「情にもろい」とか「やさしすぎる」といった意味。歌詞の大意は、恋愛に悩む妹のような存在の女性へのいたわりとかすかな想いを唄うもので、日本でいうと1970年代のニューミュージックに通じるものを感じます。ところで、この曲がヒットした中国では「心太軟」アイスキャンディーまで売り出されたそうで(
先日視たアメリカ映画「麗しのサブリナ」(1954)のなかで、ヒロインのオードリー・ヘップバーンがシャンソンの名曲"La Vie en Rose"(バラ色の人生)について語るシーンがあり、ヒロインの台詞で英語には"look at the world through rose-colored glasses"[バラ色の眼鏡を通して世の中を見る]、つまり楽観的に考えようという言い回しがあることを知りました。"La Vie en Rose"とは人生を楽観的に生きようというメッセージなんですね。悲恋の歌が多い様なイメージがあるエディット・ピアフですが、この歌詞はピアフ本人の作詞によるもので、以下の訳の通り愛の幸福感に満ちた人生肯定的なシャンソンです。
Bekle Bizi İstanbul(Wait for us, Istanbul)は、トルコ旅行の際に買ったカセットを聴いて気に入った曲です。哀愁を帯びたアラベスク調のメロディに、エディップ・アクバイラム(Edip Akbayram)の渋い声がぴったりの1994年のヒット曲。詳しい内容はわかりませんが、スレイマニエ(モスク)という単語が聴こえてくることから、トルコ第一の大都会イスタンブールを唄ったご当地ソングのようです。ネット上で調べてみると、意外なことに1970年代の彼はサイケ調のロック・ミュージシャンとして売れていたそうで、政治的メッセージがこめられた歌をよく唄っていたとのことです。
北京出身で満州族の血をひく王菲(フェイ・ウォン)は、香港そして中国でも指折りのポップスターとして世界に知られている。最近は歌手よりも俳優としての活動が目立つようですが、歌唱力抜群でなおかつ透明感のある声は、いつ聴いてもうっとりさせてもらえます。なかでも「我願意」は私の好きなバラードで、たしか2003年度のNHK中国語会話のスキットでも印象的に使われていました。
"ELSA"は1986年のフランス映画「悲しみのバイオリン(La femme de ma vie)」に子役として出演し、その挿入歌"T'en va pas"を唄ったことで有名になったとのことで、
エジプトの人気歌手"Amr Diab(عمرو دياب)"が、1996年にエジプトだけでなく世界中でヒットさせた"Nour El Ain(Light of the Eye-Sight)"は、ワールドミュージックというジャンルを意識しアラブ・ポップにフラメンコのリズムをフュージョンした名曲。最近では多くのアラブ人ミュージシャンが世界のマーケットを意識した音楽作りをしていますが、たぶんこの曲あたりがその先駆けだったのでしょうか。彼の出身地ポートサイドに行ったことがあるのですが、スエズ運河が地中海に出る位置にあり、ベランダが大きなコロニアル風の建物が多い垢抜けた雰囲気の街並みが、彼の音楽性ともつながっているように感じます。またこの欧米のアーティスト並みに垢抜けたビデオクリップも評判になったそうです。